アジア映画の名作たち

アジア映画の名作たち -- 2
 
青木 透
Aoki Tohru
 
(文中敬称略)
 
3.イム・グオンテク
 『族譜』から『風の丘を越えて/西便制(ソピョンジェ)』
 

人間が人間であろうとする意志、そうしてその姿を、一貫して描き続けている映画監督、それが韓国の名匠イム・グォンテクである。

イム・グォンテクは1960年代に映画を撮り出している。それは、生きるため、食べてゆくため、であった。そして、40年の歳月が流れようとしている。当初は、商業主義的なプログラム・ピクチャーを撮っていたという。1973年に『雑草』を撮ることで、自分の映画スタイルを強く意識するようになったと伝えられている。残念ながら、ぼくはこの『雑草』という作品を、未だ見ていない。ぼくが最初に見た彼の作品は、'78年に製作された『族譜』である。

『族譜』は、日本人の作家・梶山季之の同名小説を映画化した作品である。ここでは、“創氏改名”とそれをめぐる人間模様が、秀逸なバランス感覚で描き出されている。

かつて日本は、朝鮮半島を植民地化していた。それは、映画監督・崖洋一に言わせると、「日本が中国へ進出するための廊下」のようなものとしてあった。1940年代、太平洋戦争の時代に、日本はこの半島で、さまざまな皇民化政策をとっていた。半島の人びとの言葉を奪い、その氏名までをも奪おうとした。“創氏改名”とは、当時の日本がとった政策のひとつで、朝鮮半島の人びとの名前を、その権力をもって、無理矢理、日本名にしようとした政策のことである。そこには、この政策を実行させようとする日本人の役人がいたし、政策に従う人たちもいた。また、自らの“族譜”を守ろうとして、その政策に抗(あらが)う人たちもいた。ここで“族譜”とは、その一族の家系図のことを指す。映画『族譜』は、人間の尊厳を賭けて、自らの一族の族譜を守ろうとした家長の姿が、そんな家長をなんとか翻意させようとする日本人の役人の姿とともに描かれている。

だが、この『族譜』は、決して反日的な映画でもなければ、政治的な作品でもない。家長に対応する役人は、決して悪人ではなく、ただ自らの職業上の立場から、国家の政策を実行しようとするだけなのだ。この役人は、朝鮮人としての尊厳、自らの一族の族譜を守ろうとする家長のそのおもいを、十分にわかっている。家長もまた、この役人の立場を理解している。それぞれが相手の立場やその状況を理解し合ったなかで、その背景に当時の日本と韓国・朝鮮との関係が、静かに、深く、表出されているのだ。イム・グォンテクは、すでにここで、「人間が人間であろうとする意志」を、強烈に描き出しているのである。ここで、“秀逸なバランス感覚”とは、他者に対する充分すぎるほどの配慮、心使いのことである。

彼はこれ以後、質の高い作品を発表し続けている。1980年代には、『曼陀羅』、『シバジ(代理母)』。『チケット』などが、'90年代には、『風の丘を越えて/西便制(ソピョンジェ)』、『太白山脈』、『祝祭』などが、そうして2000年の『春香伝』へと、続いているのである。

どの作品も、ズッシリとした重量感を持って、見る者にせまってくる作品でありながら、そこには生きる力を感じさせてくれる何かがある。登場人物、一人ひとりの像が重層的に表出され、見る側に語りかけてくるのだ。

『風の丘を越えて』、および、『春香伝』ではともに、韓国の伝統芸能であるパンソリを中心に据える。『春香伝』は、李朝朝鮮の古典的名作であり、それをもとにして、イム・グォンテクは、封建的社会のなかの身分違いの恋を、パンソリの名手、チョ・サンヒョンの調べ、リズムに乗せて、美しい映像に紡ぎ出してゆく。ここで映像のリズムは、パンソリのリズムとなっているのである。「忠臣は二居に仕えず、烈女は二夫に仕えず」と語られるこの映画で、ヒロイン・春香(チュニャン)の、夢龍(モンニョン)に対するそのおもいは、「一心」であり、自由社会・現代への、監督イム・グォンテクのひとつの憂いを、それは表出しているかにも見える。“信”のありかが、“真”を示すとでもいうように・・・。

この『春香伝』は、『風の丘を越えて』の製作を踏まえて、企画されたものであろうとおもわれる。『春香伝』のラスト、夢龍の、春香を痛めつけた長官への寛容は、イム・グォンテクの寛容であるとともに、きわめて東洋的、アジア的な寛容だともとらえられる。そうしてまた、この寛容は、すでに『風の丘を越えて』にあって、娘ソンファの父ユボンに対する慈愛と寛容からつながっているものであろう。

『風の丘を越えて』で、パンソリの唄い手であるユボンは、孤児ソンファとトンホを育てながら、彼らにパンソリを伝えようとする貧しい旅芸人である。息子トンホの方は、このユボンを理解できず、父姉とは離れてゆく。だが、姉ソンファの方は、どこまでもこの父ユボンにつきしたがう。そうしたなか、心に恨(ハン)をもって唄えと教えられ、意図的に失明させられたソンファは、トンホがいなくなって唄うことをやめていたが、この失明と父の心を受けとめたこととによって、再び唄い出すことになる。「心で見ます」というソンファの言葉は、痛切でありながら、豊かに増幅する。そこに、寛容があり、慈愛がある。そして、人が人であろうとする力強い意志が表出されているのだ。

何年かの後、トンホは父の死を伝え聞き、姉ソンファをさがし出そうとする。ふたりは再会するが、共通言語はパンソリのみ。その唄と太鼓がすべてを語りつくす。恨を越えて、唄を発見するソンファの姿が残される。

『春香伝』や『風の丘を越えて』では、耐える女性像が描き出されていると見ることも可能である。儒教的な男性中心社会の表出をそこに見るという見方もあるだろう。だが、もしそれだけをこれらの映画に見てしまうのだとしたら、それは見る側の貧困を表しているのではないか、とおもわれる。たしかに、儒教的側面は色濃くある。それでもなお、我慢することを忘れて、自らの欲望に無自覚な奔走をしている現代の人びとにあって、いま、こうした映画が作り出されていることは、たいせつな何かを、そこに含み込んであると、ぼくは見たいのである。

 
☆参考として
 

・梶山季之著『李朝残影』(講談社文庫) - ここには、『族譜』原作が収録されている。

・『春香伝』(岩波文庫)がある。

・李清俊(イ・チョンジュン)著『風の丘を越えて-西便制(ソピョンジェ)』(ハヤカワ文庫)がある。


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