アジア映画の名作たち

アジア映画の名作たち -- 3
 
青木 透
Aoki Tohru
 
(文中敬称略)
 
4.キン・フー(胡金銓)
 映画的な、あまりにも映画的な
 

<風格>とは、キン・フーと、彼が残してくれた映画たちのためにある形容である。キン・フーの作品たちは、武侠映画、アクション映画という枠組みで語られることが多い。だが、そうした枠組みには納まり切らない巨大で、華麗な物語絵巻が、彼の作品たちでは繰り広げられる。凡百のハリウッド映画はもちろんのこと、多くの中国映画人たち-ブルース・リー、ジャッキー・チェン、サモ・ハン・キンポー、ツイ・ハーク、チン・シュウトン、チャウ・シンチー、アン・ホイ、アン・リー、ジョン・ウーなど-も、未だに彼の映画たちを越えてはいないだろう。

今回、この原稿を書くにあたって、キン・フーの4本の作品を、DVD(あるいはビデオ)で、見直してみた。そして感じることは、可能ならば、彼の作品を全て、もう一度スクリーンで見てみたい、という欲望である。ちなみに、今回見直すことができた作品は、『残酷ドラゴン 血闘竜門の宿(桟客門龍)』、『侠女(上集・下集)』、『空山霊雨』、『山中傳奇』である。

それらは、映画的な、あまりにも映画的な作品たちなのだ。では、それは一体、どこから来ているのだろうか。まず言えることは、そうして誰もが挑戦しながら撮れていないものは、キン・フーの作品たちが表出しているスケールの巨大なその風景描写にある。時代劇を描きながら、作品のそれぞれの物語背景に、見事に収まり、物語の展開を、イメージとして増幅させる機能を、彼の風景たちは、醸し出している。そして、その風景は、あまりにも美しく、怪しいのである。

1960年代から、香港、台湾の、クンフー映画における、その基礎を作り出したこの監督の映画たちでは、何かが、ひと味もふた味も違うのである。それが、彼の作品たちの表出している<風格>であり、風景たちである。

『空山霊雨』では、韓国ロケされ、ひとつの経典をめぐるミステリアスな物語が、俗物たちの欲望がせめぎあうなかで展開される。そこで映し出される風景は、“動”としての人間の姑息な欲望に対する、巨大な“静”としてあるかのようである。

ツイ・ハークがリメイクした『残酷ドラゴン 血闘竜門の宿』では、キン・フーのそれと見較べたとき、そのスケール感が圧倒的に違い、キン・フー映画の大きさを確認することができるだろう。キン・フーはこの作品で、京劇の動作をもとにした、その剣戟アクションのスタイルを確立した。そして、このスタイルは、ジョン・ウーの現代アクションを通過することで、ハリウッドのアクション映画にも、大きな影響を与え続けている。しかし、残念ながら、その風格までもを表出できている監督は、まだ誰もいない。風格とは、その人物が長年にわたって培ってきた人間それ自体、人格のようなものから醸し出されてくるものであろうから。

映画が、テクニカルな部分でデジタル化されればされるほど、こうした風格は、過去のものになってしまうのかもしれない。

『ウィンドトーカーズ』でニコラス・ケイジとともに来日したジョン・ウーは、次の作品を、チョウ・ユンファ、ニコラス・ケイジの共演で撮ると語っていた。それは、19世紀アメリカのカリフォルニアを舞台にした、中国人苦力(クーリー)たちの物語であるらしい。この物語は、1997年1月に急逝したキン・フーの遺作であるシナリオ「華工血涙史」の映画化であるという。このシナリオは、その映画化に向けて、生前のキン・フーが奔走していた作品でもある。ジョン・ウーの映画たちにはジョン・ウー的風格があるのだが、次作でジョン・ウーがどのような風格を表出してくれるのか、個人的にどちらも知っているぼくとしては、たのしみである。

キン・フーが参加したオムニバス形式の作品に『喜怒哀楽』がある。彼はここで「怒」の部分を撮っている。この「怒」は、古典京劇の演目のひとつ「三盆口」を翻案したもので、彼の古典への造詣の深さ、時代考証の確かさを見ることができるだろう。彼の映画たちは、見事な美術作品でもあるのだから。

京劇をもとにしたそのアクション描写の完成作品として、『侠女(上集・下集)』がある。ここでは、後の香港のアクション映画に多用されることになる縦に移動するワイヤー・ワークのアクション、トランポリンを使ったアクションが展開される。たとえば、縦移動のワイヤー・ワークは、アン・ホイが『書剣恩仇録/香香公主(清朝皇帝)』を撮ったときに、キン・フーへの尊敬の念を込めて、使っているのが印象的である。また、アン・リーの『グリーン・ディスティニー』における竹藪での剣戟シーンは、やはりこの『侠女』からの引用だと見ることができる。

ちなみに、この『侠女』は、蒲松齢著『聊斎志異』の同名の一篇を、キン・フーが翻案して、映画化したものである。さらに、『侠女』には、若き日のサモ・ハンが出演している(サモ・ハンは、キン・フー監督のもと、『忠烈図』では出演するとともに、武術指導も担当している。『忠烈図』は今回、見直せなかった作品だが、これにはユン・ピョウも出演していて、さらにはジャッキー・チェンもスタントで登場している)。

『山中傳奇』は、文字通りの伝奇的作品である。ここには、シルヴィア・チャンが出演している。11世紀の宋の時代を背景にしているこの作品では、ある種のシュールさ、サイケデリックな映像美も見られる。

キン・フーは、何を見せて、何を見せないかを、よく知っていた映画監督である。映画本来が持っているであろうフィルムの質感、光と影を、ほんとうによく知っていた監督であったと、いま、あらためておもう。デジタル化され、安易になっている映像表出の世界観を、再考するためにも、いま再び、キン・フーの映画たちを、スクリーンで見直すことは、必要なのかもしれない。

 
※ キン・フー監督については、以下のホームページのメール・マガジンにも三回にわたって、書いている。 http://shincyo.com/
※ また、にいがた国際映画祭のホームページ、http://niigata.cool.ne.jp/filmにも、アジアの映画に関することを書いています。
 
☆参考として
 

・キン・フー/山田宏一/宇田川幸洋・共著『キン・フー 武侠電影作法』(草思社)。

・蒲松齢著『完訳 聊斎志異(全4巻)』(角川文庫) - この第3巻に、「侠女」の原作が所収されている。

 
◎感謝
 

この原稿を書くにあたって、DVDの発売元であるイマジカの協力を得て、DVD化されている作品--『残酷ドラゴン 血闘竜門の宿(桟客門龍)』、『侠女(上集・下集)』、『空山霊雨』--を、見直すことができました。ありがとうございます。


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